「南京虐殺」を描写する中国人の元ネタとなったと思われる記述をメモしておく。1958年に発生したチベット動乱における「玉樹平叛」(玉樹平定)に参加した中国軍兵士の回想である。

チュウドゥ県を解放したあと、捕虜が多すぎて施設も収容しきれなくなった。匪賊は釈放されるとまた叛乱を起こす。彼らは殺人と放火をくりかえし、中国共産党員と革命の幹部を襲うので、公安機関と玉樹平叛指揮部が相談した結果、銃殺することが決まった。処刑は当時も極秘だった。どの中隊も同じように処刑をしていた。われわれの中隊は深夜にチベット人たちを処刑することになった。八〇数人のチベット人をトラックに乗せてから山間まで連れて行く。第四小隊が警戒にあたり、第一から第三小隊は穴を掘ってからことを済ませた。ひとりずつ粛々と殺していく。全員を始末してから埋めようとしていたら、「まだ生きている奴がいる」と誰かが叫んだ。すると、大隊長は兵士の手からショベルを素早く奪うなり、そのチベット人の頭に向けてパシャッと、打ち下ろした。
われわれはチベット人牧畜民のヤクや羊を殺して食べた。たくさん食べると便秘になる。しかし、チベット人は便秘にならない。チベット人はバターの入ったお茶を飲むからだ。

第一三四師団四〇〇部隊内、第一大隊(営)第三中隊で機関銃手だった梁南和(広東省河源出身)が自分の子供たちに語って聞かせた「玉樹平叛」の歴史

(『チベットに舞う日本刀ーモンゴル騎兵の現代史』楊海英 P230)

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