真実はプロパガンダに対抗する最良のワクチンである

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歴史から何も学ばない日本人ーー『暗黒大陸中国の真実』より

   

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ここに一冊の本がある。20世紀初頭の中国社会の実情をアメリカ人外交官の目から描いた『暗黒大陸中国の真実』(ラルフ・タウンゼント/芙蓉書房出版2004)だ。

この本を読むと一種の既視感にとらわれる。ここに描かれているのは、ずる賢い中国人に何度騙されても懲りないお人好しのアメリカ人の姿なのだが、奇妙にもそれが現在の日本人の姿と完全にだぶってみえるからだ。

たとえば、この一節。

「ミッションスクールで学べるだけ学んで、めでたく卒業すると、キリスト教とは全く無関係の世界に就職する。民間企業だろうが公務員だろうが、盗賊であろうが、とにかく儲かりそうな仕事だったら何でもいい。それはそれで仕方がないが、『これぞ中国人』ということがある。ミッションスクールでお世話になったにもかかわらず、いつのまにか「反米』になってしまう。『これぞ中国人である』」。

当時アメリカの援助によって多くのミッションスクールがつくられたが、その学費は非常に安かった。つまり中国人学生にとってみれば、アメリカの援助のもと質の高い教育をただ同然で受けることができたわけである。ところが、中国人はそのことに対して何の恩義も感じない。それどころか、恩を仇で返すだけだったと著者は非難しているのだ。

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またこんなくだりもある。

「病人やけが人を誰も助けない国。人が溺れても誰も助け舟を出さない国。腐敗役人が幅を利かす国。法に訴える事が出来ず、意趣返しの自殺が絶えない国。」

これについては、似たような事件が最近中国であったことを思い出す人も多いのではないだろうか。

さらにこんな一節がある。

「知識層は安全な外国の租界に居を構え、海外に亡命し、天使様のあふれる愛だの慈悲だのと暢気な詩をひねくり出したり、文章を書き散らかしている。嘘、現実逃避である。鈍感で誠意がなく、悪いところを認めようとしない。認めることこそ立ち直りへの一歩である。」

「誠意がなく、悪いところを認めようとしない」というくだりは、いまの多くの日本人が抱いているいわゆる「反省しない」中国人というイメージとまさにうりふたつである。

次はアヘン問題に関する記述だ。著者は中国人がアヘン漬けになった原因として、外国にももちろん一端の責任はあるかもしれないが、真の原因は中国人にあるといってこう非難する。

「中毒になるかならないかは、その国の民族性や歴史伝統によるものである。なぜなら古代にギリシャにも阿片はあったし、地中海諸国に阿片が入って数百年前になるが、中国人のようにこれに飛びつくことはなかった。(中略)『阿片中毒になったのは外国人が持ち込んだからだ』と言うが、全くの的外れである。アメリカの禁酒法が守られなかったのはカナダ人やメキシコ人の密輸者のせいだろうか。馬鹿も休み休み言ってもらいたい。」

こう述べた後、阿片の取り締まり問題をめぐって中国が国際社会を騙していることを糾弾する。

「もちろん各国が中国のペテンに引っかかってはいない。英米は領事館から入る情報を交換している。(中略)ところが、これが国際会議のおかしなところだが、いくらわかっていても、立ち上がって中国人のスポークスマンに「大嘘つき」と言うわけにはいかない。毎度ながら、これが中国人のご自慢の騙しのテクニックである。『参加国の中には、中華帝国には、今ひとつ正確さが足りないのではないか、と発言した国もあった』と記事になっても、読者は何のことかわからず、『議論があるということは双方に良い点もあれば悪い点もあるのであろう。些細な誤解はいずれ解けるさ』とくらいにしか考えない。」

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これを読んで、南京事件をめぐる議論を思い出した人も多いのではないだろうか。

「国際会議では遠慮がちに事実関係を述べるより、嘘でも何でも堂々と主張した方が勝ちである。中国人の『はったり』には誰も敵わない。『我が国では阿片のアの字もございません』と宣って平然としている。ケシ畑が住宅地まで迫ってくるのを何千人もの外国人に目撃され、証拠写真が山ほど送りつけられているのに、である。」

いかがであろう。これなどは南京事件をめぐる中国側のなりふりかまわぬ議論とまさにそっくりではないか。ようするに証拠があってもなくても、声の大きい方が勝ちだというのが中国人の考え方なのである。

日本人からすれば、こうした手口はなんとも幼稚で卑怯かつみっともないのだが、そうはいってもいまの国際社会においては、こうした中国側のやり方も残念ながら一定の成果をあげていることは銘記しておくべきだろう。

著者は重ねてこういう。

「中国人は世界に冠たる詐欺師、ペテン師である。アメリカ人に略奪から人殺しまで何でもしながら、責任逃れだけは上手である。(中略)問題が頻発すると、権力者は外国に責任転嫁するばかりである。食料を強奪する帝国主義国打倒に全力を尽くせ」と、来る日も来る日も張り紙をし、ビラを撒いて煽動しているのは、何を隠そう中国政府自身である。そして暴動が起こると、「当局は一切責任ございません」とするのを茶番と言わず何と言おうか。」

毎日のように反日ドラマを垂れ流し、学校では反日教育を行っていながら、いったん反日暴動が起こると、自分らはさも暴徒を押しとどめる理性に満ちた正義の味方であるかのようにふるまう現在の中国共産党政府。ここにはそうしたふるまいがいまにはじまったことではないことがあきらかにされている。

最後にこの一節。これも戦前の話というより、つい最近の話といっても誰も疑わないだろう。

「(中国は)契約、条約を守る気持ちは全くない。それはそれでしようがないが、困ったことに、それと知りながら、各国は国際儀礼に則って中国の指導者を主権国家の政府代表として扱っている」

この本は、その序文にもあるように人種的偏見をあおるという理由でアメリカ国内でも長い間発禁となっていたいわくつきの本である。それだけに、過激と思えるような表現もたしかに散見できる。なかにはあきらかな事実誤認やたんなる偏見といってよいような箇所もないわけではない。しかし、一定レベル以上中国のことを知る人であれば、ここに描かれていることのほとんどが事実、もしくはきわめて「ありそうな」話であることに異論はないであろう。

もちろん、だからといって中国人すべてがそうだというつもりはない。対立する相手グループにレッテルを貼り、いっぱひとからげにするそうしたやり方は、プロパガンダにおける心理的な落とし穴であり、「だから中国人は○○だ」という言い方をしてしまったら、せっかくひとつの洗脳から脱却できたのに、今度は反対方向の洗脳にとらわれてしまうことになるからだ。

それをわかった上でなおこういわせていただきたい。

この本を読むと、中国人および中国政府が80年前からまったく変わっていないし、進歩もしていないことがわかる、と。

まったく進歩のない中国人というのも恐るべき存在だが、しかし歴史から何も学ばない日本人(そしてアメリカ人も)というのも、それ以上に「恐るべき」滑稽な存在といわざるをえない。

いま80年前とそっくり同じような状況が再現されつつある。そして日本も中国も、そしてアメリカもまた以前とまったく同じ轍を踏みはじめていることに、はたして何人の人が気づいているのだろうか。

 

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