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『南京大虐殺否定論13のウソ』への反論

   

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『南京大虐殺否定論13のウソ』(南京事件調査研究会/柏書房/1999)に対して反論を試みる。

南京大虐殺否定論 第一のウソ 南京大虐殺は東京裁判でデッチ上げられた

「南京大虐殺否定派が振りまいているウソの中で、もっとも事実に反しているものの一つが、『南京大虐殺は東京裁判によるデッチ上げ』という攻撃である。(中略)だがこの『東京裁判によるデッチ上げ」説こそが、ウソの固まりであり、デッチ上げなのだ。南京大虐殺は東京裁判で突然持ち出された事件ではなく、事件の進行とともにリアルタイムで世界にも、日本にも伝えられていた」。

著者の一人であり本書の編者でもある藤原彰氏は、こういって「南京大虐殺否定派」に真っ向から反論する。同時にこれを裏付けるものとして、A・T・スチールやF・T・ダーディン、H・J・ティンパーリら何人かの外国人特派員の報道を例に挙げている。

さらに日本軍や日本政府の上層部も南京での残虐行為を知っていたとしてその具体的な事例も挙げつつ、「だから南京大虐殺という出来事は、実際に起こった時から10年近くも経った東京裁判で突如としてデッチ上げられた事件なのではない。まさに同時進行で、世界にも、日本の上層部にも伝えられていた事件だったのだ」と主張する。

 

◎私の反論

当時からある程度、噂が立っていたのは分かった。だが、30万人の民間人に対する無差別な虐殺の物的証拠はどこにあるのか?

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また、実際に目撃した日本兵による殺害が一人だけであったという東京裁判におけるマギー牧師の証言をめぐっては次のように言う。

「否定派はこの部分だけを取り上げて、証言はすべて伝聞証拠で、大虐殺などなかったとする」が、「被害者の救援活動をしていたマギー牧師が殺害現場に立ち会わなかったのはいわば当たり前のことである」、と開き直る。

その上で、マギー牧師は証言以外にも虐殺死体や被害者を撮影したフィルムを残しているし、マギー牧師以外にもラーベの日記など多くの証拠(証言)が残っていると強調し、さらにこういって主張をしめくくる。「マギーへの反対尋問の一節だけを問題にして、二日間にわたるマギーの大量な証言の全体を否定し、さらには東京裁判の全体をも否定するという乱暴な結論を出すのが、否定派のやり方である。(中略)そしてかつてない大規模な内容と歴史的意義とをもった東京裁判の成果を、まったく無視するのである」と。

◎私の反論

でも結局のところ、やっぱり伝聞証拠以外ないわけだよね? 物的証拠がなければ、信憑性に乏しいという事実は変わらないのでは。
それと、そこまで東京裁判を持ち上げるのは、なにか他の意図でもあるのだろうか?

 

さらに藤原氏はこう言う。

「大虐殺否定派が、もう一つデタラメだと言い張っている裁判は、中国の国民政府側が、一九四六年二月から四七年十二月まで、現地の南京で行った軍事法廷である(中略)南京の軍事法廷は、事件の全体像を総合的に問題にするのではなく、被告の犯罪事実を個別に認定するというものであった。(中略)ところが否定派は、南京法廷の判決だけを取り上げて、これを事件のすべてだとし、実際とはまったく違うと批判するのである」。

南京裁判では、個々の戦争犯罪のみを取り上げ、肝心な南京虐殺という事件の全体像がみえてこないという指摘がある。これに対し、藤原氏は縷々反論を試みているのだが、ほとんど要領を得ないばかりか、みずから「確かにそれは事件全体の解明という点では不十分ではあったが」と否定派の主張を認めてしまってもいる。その上で「(不十分であったが)個々の事実の認定という面では重要な史料となっている。この南京軍事法廷の記録も、事件解明のための重要な史料の一部だと言えるのである」と、「事件解明のための史料としての重要性のみ」を強調し、ここで問題にされているそれらの史料が事件の決定的証拠ではないことには目をつぶっている。さらにこの反論に説得力がないことに気づいたのか、藤原氏はここからいきなり、強引な結論へと持っていく。

「要するに、東京裁判や南京軍事法廷を、ウソだ、デッチ上げだというのは、まったくの言いがかりで、事実は厳然として存在し、裁判はその一端を証明したものだったのである。とくに二つの法廷で、山のように積み上げられた被害者側の証言の重さは、何ものにも代えられないものである。否定論の特徴は、この被害者の証言をまったく無視することにあるということができる」

◎私の反論

要するに、南京裁判でも証言以外、決定的な物的証拠はなかったということですね。

 

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南京大虐殺否定論 第五のウソ 30万人虐殺は当時の南京の人口20万人より多い。南京大虐殺の目撃者は誰もいない。

「『当時の南京の人口は20万人であったから、30万人虐殺はありえない』という虐殺否定論者の主張は誤りである」と言うのはもう一人の著者である笠原十九司氏である。

ここで笠原氏は、具体的な反論に入る前に、この「『数の論争』に仕掛けられたトリック」ならびに「落とし穴」を指摘したいとして、まず議論の前提として南京事件が存在したという歴史的事実を認定すべきであると主張する。なぜそうすべきなのかについては、原爆の犠牲者数や阪神大震災などを例にあれこれ説明しているのだが、残念ながらあまり要領をえない。ただ最終的に彼がいいたいのは、どうやら「数の問題には明確な結論が出せない」ということらしい。

続けて、この「数の論争」に熱中する者は、それにこだわるあまり虐殺の犠牲者やその家族の痛みや悲しみに思いが至らない傾向があるとして、否定論者の一人である藤岡信勝氏をやりだまに挙げ、あたかも藤岡氏が人間的な情に欠けた冷血漢であるかのように非難する。

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だが、これは議論とは無関係な人格攻撃のように思えるが、いかがなものであろうか?

 

さて、そうしたあとで笠原氏はようやく本題にはいる。

笠原氏は、南京攻略戦開始当時、南京の人口は20万人にすぎなかったという否定論者の説を退けた後で、「他の史料とも照合した結果、南京城区にいた市民、難民はおよそ40万から50万人であった」と推測する。さらに「日本軍の南京包囲下におかれていた中国軍の戦闘兵、後方兵、雑兵、軍夫など総勢約15万人を加えてカウントしておくべきである」と主張する。

 

◎私の反論

他のソースによれば、日本軍の南京入城後、むしろ人口が増えたといわれるが、それはどうしてなのか?

また大虐殺のわずか2ヶ月後の1938年3月28日には、中華民国維新政府が樹立されているが、なぜそのような荒廃した死の街に行政機関などをつくる必要があったのか?

そもそも大虐殺後の南京にはいったい何人の中国人が生き残っていたのか?

仮に当時の人口が50万人、もしくは100万人であったとしても、20万人以上もの無辜の人間が殺されたということは最大2人に1人、少なくとも5人に1人が殺されたという計算になる。しかも、虐殺と銘打っているからには、理由なき無差別殺人のはずであろう。理由なき無差別殺人というのは、つまり誰がいつ殺されるか誰にも分からないということである。

なのに、かろうじて生き残った者たちは、どうしてそのような恐怖の街から逃げようとしなかったのか? あるいは、なぜそのような地獄のような場所にわざわざ好き好んで移り住んだ人がいたのか?

このあと笠原氏は、1938年3月に、「南京地区における戦争被害」という調査を行った金陵大学社会学部教授スマイスの4万人弱という民間人犠牲者数を紹介したあとで、今後調査が進めば、犠牲者数はもっと増大していくにちがいないと推測する。だが、いったい何を根拠にそのような曖昧な推測ができるのだろうか? ここはちょっと理解に苦しむ部分である。

しかし笠原氏はその根拠を明確にすることもないまま、ここで突然話題を切り替える。それは、あたかも読者に思考を整理する時間を与えまいとするかのようである。そうして、先ほどの犠牲者数の科学的分析という話題とどうつながるのか、読者は少々混乱させられながら今度は中国女性に対する強姦事件の話題につきあわされる。

そこで笠原氏はいかに大勢の中国人女性が日本軍によって陵辱されたかをこれでもかとばかりに詳述する。しかしながら、それらがみな日本軍の仕業であったのかどうかについては、なんの根拠も示していない。もしかしたら、それらは中国軍の仕業であった可能性があるにもかかわらずだ。

最後に、笠原氏は論を締めくくるように犠牲者数を次のように総括する。
「総勢約15万人の中国軍関係者のうち、8万余人が不法に虐殺されたと推定される」
「現在の研究状況、史料の発掘状況、南京事件の全体像や歴史状況を総合的に検討した結果、現段階では、十数万以上、それも二十万人近いかそれ以上の中国軍民が犠牲になったと推測される」。
なんとも奥歯にモノのはさまったような言い方であり、場合によっては10万人以下の可能性もあるとでもいいたいようだ。しかし、仮に10万人以下だった場合、それでも中国政府の主張する30万人は誇張でも言いがかりでもないと強弁するつもりなのだろうか。
自ら掘った墓穴に気づいたのか、笠原氏は最後にこううそぶく。
「我々の現段階における推定総数と中国側の『虐殺30万人説』との違いは、さほど大きな問題ではない。南京大虐殺の規模の大きさと内容の深刻さを認識していることにおいて、基本的には我々と中国側とは同じである」

 

◎私の反論

私がもっとも反発をおぼえるのは、数は問題ではないとする笠原氏のその態度である。いうまでもなく、この問題において数はきわめて重大なポイントである。なぜなら仮にそのようなことが起こったのだとすれば、それが多いか少ないかは別にしてなぜそのようなことが起こったのかをまず客観的かつ科学的に分析する必要があるし、その際、犠牲者数はそのもっとも基本的なデータとなるはずだからだ。

そうした基本的な事実を積み重ねた上で、その発生要因を導きだし、さらにその防止策を考えるのが、後世に生きるわれわれの責務ではないのか。そうしなければ、熾烈な南京攻略戦で死んでいった日本人兵士はもちろん中国人の犠牲者も浮かばれないだろう。

しかるに、笠原氏は自分は中国政府と同じ認識を共有していると、さも正義はわれにありといわんばかりにうそぶいている。中国政府の認識とはいったい何か。それは端的にいえば、すべて日本の責任であり、われわれには何の反省すべき点はない。非難されるべきは、唯一日本のみである、という独善的な態度である。

じつのところ私をふくむ多くの日本人が南京問題に対して憤慨しているのは、ねつ造うんぬん以前に中国政府のそのような独善的な態度なのだ。中国政府のそうしたひとりよがりの態度が、戦前はもちろん、戦後の半世紀、さらには今にいたるまでもどれほど多くの中国人を不幸の淵に陥れてきたか、中国研究者を名乗る以上、笠原氏もまさか知らない訳がなかろう。

仮に百歩譲って30万人の民間人虐殺が実際にあり、それが日本軍によって引き起こされたものだとしても、なぜ南京でだけそのような凄惨な事件が起こったのか、なぜ他の地域、国ではそれほど大規模な虐殺事件が発生しなかったのかという疑問にはどう答えるつもりなのか。

いうまでもないことだが、戦争あるいは戦闘というものは、単独でやるものではない。相手がいてはじめて起こるものである。であれば、中国側にもそのような大虐殺を引き起こしたなにがしかの要因があると考えるべきであろう。それもせず、はなから自分はまったく悪くない、悪いのはすべて相手の方だと決めつけるばかりでは、なんの進歩もないだろう。

そして実際、進歩がないから戦後、そして今にいたるも中国はかくも混乱の極みにあるのではないか。そしてまたそのような進歩の不在あるいは成長への拒否は、いったい誰を不幸にしているのか。ほかならぬ中国人自身である。その意味で、笠原氏はイデオロギーを優先するあまり中国民衆の苦しみに向き合おうとしない中国政府と同罪であり、それこそ民衆の苦しみに思いが至らない冷血漢だといえよう。

 

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