真実はプロパガンダに対抗する最良のワクチンである

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満州国樹立の真の背景と田中上奏文の嘘

   

日本を非難する際、中国人はよくこんな風にいう。「満州国をつくった後、日本は華北に傀儡政府をつくるなど中国を蚕食しつつあった」と。それはあたかも中国征服を最終目標とする日本がその遠大なビジョンを実現するための計画的なステップのひとつであったかのような口ぶりだ。毛沢東への憎悪から徹底した反毛沢東史観を掲げる中国人作家ユン・チアンですら、こと日本の話となるとその程度の浅い理解しか示していないのだから、一般の中国人についてはおして知るべしである。こうした誤解は、いまでは偽書と断定されている『田中上奏文』の影響による部分が大きいのかもしれない。

 

 

しかし当時の情勢を考えれば、それは陰謀でもなんでもなく、ごく自然ななりゆきでしかなかったことは、少し調べてみればわかることである。そもそも中国は長い間、混乱の中にあり、しかも自分たちの力だけではいつまでたっても秩序を回復できなかったというのが歴史の真実である。しかもそのことは、当時の中国人でさえ認めている真実なのだ。つまり、日本は自らの征服欲のためではなく、状況に促され、「やむなく」満州国をつくったのである。

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もちろん、それは中国民衆のためばかりではなく日本のためでもあったことはいうまでもない。というのも、そのような無秩序な「国」が近くにあるということ自体、日本にとってはきわめて迷惑千万な状況であり、同時にそれは安全保障上の観点からみても看過することのできない重大な問題であったからだ。さらにその後、華北を国民党政府から切り離す工作を行ったのも理由は単純である。それは、たんに国民党政府が反日だったからである。連日、いやがらせをしてくるめんどくさい人が隣にいたら壁をつくるなり、なんなりして少し距離をおこうと考えるのは誰だって同じであろう。

このあたりはある意味、日中間における水掛け論になってしまうのだが、しかしそもそも論で原因をさかのぼっていけば、本来どちらに非があったかは一目瞭然のはずである。ところが、どういうわけか中国(そして左翼も)は日露戦争以前のことは言葉を濁すばかりであまりふれたがらないようだ。

ここは勤行中の日本山妙法寺の僧侶が、中国人暴徒に撲殺され、第一次上海事変のきっかけとなった三友実業社跡。ちなみにこの事件は満州事変に対する列国の関心をそらすため、上海公使館付武官・田中隆吉と女スパイ川島芳子らが 仕組んだ謀略であったといわれている。

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もっと詳しく→中国近現代史観光ガイド

 

 

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