真実はプロパガンダに対抗する最良のワクチンである

権力の亡者・毛沢東は、共産党と国民党をはかりにかけていた

   

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1920年代、共産党から追われた毛沢東は、国民党に活路を見出した。落剥中の毛沢東を拾い上げ、国民党中央宣伝部長代理に任命したのは、当時の国民党主席汪兆銘だった。「毛沢東の出世に汪精衛が少なからぬ役割を果たしたことは、汪精衛が一九四〇年代に日本の傀儡政権の首班だった事実もあり、北京政府が厳重に隠蔽している」(ユン・チアン『マオ』)

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「ちっぽけな中国共産党に将来性があるとは考えていなかったし、共産主義が広く人々の支持を集めるとも考えていなかった」(ユン・チアン『マオ』)現実主義の毛沢東は、上海の共産党中央を追われた後、広州の国民党中央部に近づいた。そこで再び権力の階段を昇るためである。

要するに、毛沢東にとって最大の目的は権力の座に就くことであり、そのための手段としては共産主義でも三民主義でもどちらでもかまわなかったのであろう。

 

 

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