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日本を侵略国家に仕立てざるをえなかった左翼史観の矛盾とは?

   

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戦前の日本がどういう性格の国家だったのかについては、いまもなお論争が続いている。日本は当時の西洋諸国と同様、悪辣な植民地主義国家だったのか、それとも植民地主義からアジアを解放しようとした正義の国家だったのかという論争だ。

いうまでもなく左翼史観では日本は西洋諸国と同様の植民地主義国家だったということになっている。朝鮮や台湾はもちろん、満州、中国、そして東南アジアへ進出したのは皆そこを植民地とするためだったというのがその言い分である。

たしかに当時のアジアとの交易や海外進出にはそのような側面もあっただろう。しかし、当時はそれが当たり前であり、どの国も行っていた行為だったことを忘れてはならない。日本はただそれを真似しただけなのだ。

そもそも当時、植民地主義的な強圧的な政策はどの国も行っていた通常の政策である。植民地主義的な政策と海外投資は切り離せないものだったのである。なのに、どこの国もやっている当たり前の政策を行ったからという理由で日本だけが後世、やり玉に挙げられるというのはおかしな話である。

もちろん当時のやり方が現在の基準からみて行き過ぎた面がなかったとはいえない。しかし、そうであれば現在の「公正とされる」貿易が将来の基準からみて行き過ぎた「不正義」だとして非難されない保証はあるのだろうか。現在の貿易制度を「帝国主義的な搾取」だとして非難する人が今も少なくないことをみれば、その可能性が全くないとは言い切れないはずだ。そしてその際、再び日本だけがやり玉に挙げられてもやはり何も言い返せないのだろうか。

ここまで言ってもなお日本を非難する人にはこう問いかけよう。日本は悪友の「悪しき習慣」を真似ず、率先して正しいことをなすべきだったのかと。すなわち、西洋列強が決めた植民地主義色の強い不公平なルールではなく、より公平な新しい貿易のルールを当時の日本が率先して作るべきだったとでもいうのであろうか。

それ相応の国力があったのであればそれも通るだろう。しかし、当時の日本にそれを求めるのは明らかに無茶である。それはできないことをやれと求める言いがかりでしかない。

あるいは、左翼だけにおそらくこれが本音なのであろうが、日本もソ連と同様、社会主義的な政策を採るべきだったとでも言いたいのだろうか。しかし、いうまでもなく社会主義という選択肢がありえなかったことはその後の歴史を見ればわかる通りである。

このように当時の日本が「植民地主義的に見える」政策を採っていたのは、別に植民地主義を国是としていたからではない。それはたんに当時の国際ルールに則って動いていたことの必然的な結果でしかないのである。

要するに当時の日本は、与えられた環境の中でできる限りの努力をしていただけなのだ。揺れ動く国際情勢の中で右往左往しながら、それでも国際的な慣行から外れないよう戦々恐々としながら慎重に、しかしその場限りの対応をしていただけだったのだ。

そのことは今の日本の政治状況を見てもわかるはずだ。その体たらくを見れば戦前の日本人だけが「中国征服、世界征服」を目指して一糸乱れず戦略的に動いていたなどというのはデマカセもいいところであることがわかるだろう。要するに当時の日本は現代の政治家同様、場当たり的な対応を続け、その結果、狡猾な周辺国に手玉にとられ、戦争に巻き込まれてしまったというのがことの真相なのである。

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ところが戦後の左翼史観は、すべてを軍部の責任ということにしてしまった。そのため、つじつまを合わせる必要上、日本をバリバリの確信犯的な植民地主義国家に仕立て上げなくてはならなくなった。戦後、日本が西洋列強以上の悪辣な植民地主義国家として一方的に非難されるようになったのはそのためである。

しかし、そんな一方的な非難が続けば、当然ながら反発も生まれてくる。そうしてそれに対するカウンターパンチとして出てきたのが「いやそうじゃない。日本はアジアを植民地主義者から解放するために戦ったのだ」というアジア解放論である。

だが、このアジア解放論もまたそのまま鵜呑みにすることはできない。もちろん当時の日本にはアジア解放を唱えるグループがいたし、それが一定の社会的影響力を持っていたことも事実である。それにアジアを植民地から解放しなければ日本そのものの存立が脅かされる可能性があったこともまた事実である。

しかし、当時の日本政府が確固たる戦略を持って国家を運営してきたわけでないことは今見てきた通りである。しかも、アジアを解放しようとして「自ら主体的に」英米に戦争を挑んだわけでもない。もちろん開戦の詔勅などには明確に「アジア解放の大義」が記されてはいるが、それは切羽詰まった挙句、ひねり出された大衆動員のための戦争スローガンでしかなかったのも事実である(もちろんそれでも「リメンバーパールハーバー」のような虚構の上に築かれた怨念に満ちたスローガンに比べれば、事実の上に築かれた正義を高々と掲げた堂々たるスローガンであったことは事実であるが)。したがって、あの戦争が100%アジアを解放するためのものだったと言い切るのもやはり難しいだろう。要するにあの戦争の本質は、自衛戦争であったのだ。

もっとも歴史は結果で評価すべきであるとすれば、日本の戦争がアジア解放をもたらしたことはまぎれもない事実である。したがって日本が植民地主義からアジアを解放したかと問われれば自信を持ってイエスと答えて構わないだろう。だが、自らの利害を全く顧みずアジアを解放しようとした「正義の国家」であったとまで言い切ってしまうのはいかがなものか。それでは今のアメリカが「正義のヒーロー」を気取るのと、そしてそれを世界が冷ややかに見るのと何ら変わらないことになりはしないか。それに仮にそうだとしてもそれはもう少し後の世の人の評価に任せるべきではあるまいか。未だ子や孫世代に当たる今の我々はあまりにも当事者に近すぎる。自らを自画自賛するのは、謙遜を美徳とする日本的感性にもそぐわないように思う

ともあれ、戦後、日本の論壇を二分してきた議論が生まれた背景にこうした左翼史観の矛盾があったことにはもっと注目しても良いだろう。あれかこれかという例によって二者択一的な議論のワナにはまってしまったのもすべてはそうした矛盾だらけの左翼史観のなせるわざなのである。

こうしてみると左翼史観というのは本当にはた迷惑なものである。国民を分断し、その思考エネルギーを無駄に消費させるばかりである。あるいは、これもまた周到にプランニングされた日本弱体化計画の一つででもあるのだろうか。

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