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帝都壊滅を喜ぶ東京都の宣伝ビデオと敗戦革命論

   

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ここにひとつの動画がある。これは、終戦直後の1946年に東京都都市計画課が作成した『二十年後の東京』という宣伝ビデオだ。

注目していただきたいのは、東京大空襲後の焼け跡の映像に重なるようにして「新しい形の都を作り出す絶好のチャンス」というナレーションが流れることである。

いうまでもなく東京大空襲は罪のない子供をふくむ10万人が業火に焼かれ、想像を絶する苦しみの中、尊い命を奪われた日本史上、最大の悲劇のひとつである。そのわずか1年後に、しかもその悲劇の当事者であるはずの日本人が、それを「絶好のチャンス」と呼ぶ神経はいったいどこからくるのだろうか?

そればかりではない。ナレーションには「封建的」「ブルジョア」「特権階級」「民主主義的」「文化的」「友愛」「欧米では」といった左翼用語が耳障りなほど繰り返し登場する。またそれまでの日本人の生活スタイルに対しては、それがいかに後進的で非民主的、固陋なものであったかとやり玉にあげ、さらに返す刀でそれらをしつようかつ徹底的に糾弾している。

これはいったいどのようないきさつでつくられたビデオなのだろうか? とりわけ気になるのはこれを作成した人々とそれを認可した人々の思想的傾向だ。

もちろん、その詳しいいきさつは不明だ。だが、ここで思い出されるのは、日本各地が空襲に見舞われる中、鈴木貫太郎・首相秘書官として「終戦処理案」をまとめ、ソ連の和平仲介による早期講和を主張した松谷誠陸軍大佐が残したとされるメモだ。

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そこには「日本が戦争を継続する目的とは何か? それは戦後日本が共産主義国家として生まれ変わる為にもっと焼け野原になることが目的なのである」という言葉が記されてあるという。

これは松谷が、当時の日本の知識層の奥深くに浸透していたいわゆる敗戦革命論の支持者であった証拠といえるだろう。

同様に、このビデオを見るかぎり、少なくとも当時の東京都には敗戦革命論を信じていた者が多数紛れ込んでいたことが見て取れよう。

戦後の日本を牛耳った層は、いったいどのような思想的背景の持ち主であったのか? そして戦後の日本は彼らによってどのような方向へと導かれて来たのか? さらに21世紀の現在、この日本社会を牛耳っているのはいったいどのような人たちなのか?

このようなご時世である。偶然の積み重なりのようにみえるこの社会の表面的な動きの背景に流れる「隠れた潮流」に対して、私たちはもっと注意深くあるべきであろう。

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