真実はプロパガンダに対抗する最良のワクチンである

中華民国を第二の太平天国にしようと目論んだアメリカ人宣教師たち

   

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戦後の米中対立しか知らない人にとっては意外に思えるかもしれないが、戦前の米中関係はかなり親密だった。蜜月といってもよい。なぜ蜜月だったのか? 理由のひとつに中国におけるアメリカ人宣教師の存在がある。

その当時中国各地で布教を行っていたアメリカ人宣教師たちは、どういうわけか中国に対して異常なまでに肩入れしていた。その反動でもあったのか、日本に対しては逆に憎しみともいえる悪感情を抱いていた。日米衝突が不可避になったのはかれらによる反日宣伝が原因だったという説もある。

しかし、なぜかれらはそれほどまで中国に肩入れしていたのだろうか? これは憶測だが、宣教師たちは中国をキリスト教国化しようとしていたのではないだろうか? その思いが過剰なまでの肩入れとなってあらわれたのではないだろうか?

なぜそういえるのか? 以下、その理由を思いつくまま挙げてみる。

まず最大の理由は宣教師という存在そのものである。いうまでもなく宣教師の目的は布教にある。すなわちキリスト教への改宗である。であれば中国人をキリスト教徒にしたいと望むことは当然であっただろうし、できれば中国自体がキリスト教国になってくれたらと願うのもまた当然であっただろう。

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ちなみに1915年発行の東亜同文会の『排貨事情調査報告』によれば、当時の中国は仏教徒が多く、そのため外国人宣教師たちはこのままでは職を失うのではと恐れていたという。飯の種がなくなることを恐れていたとはなんとも俗っぽい話ではあるが、その一方で、排日運動に乗じて排日プロパガンダのパンフレットを発行するなど、排日運動を利用して布教を行う宣教師もいたという。

しかし、そうなると太平天国に対する見方も少し変わってくる。太平天国というのは、アヘン戦争後の社会的混乱を背景に発生した農民反乱だが、よく知られるように指導者の洪秀全は熱烈なキリスト教信者だった。しかも太平天国という国自体がキリスト教を国家理念の根本にすえていた。ということは、あるいはもしかしたら、そこには欧米人宣教師たちによる使嗾、もしくは資金および武器援助のようなものがあったのではという疑念も生じてくる。

そういえば、太平天国の指導者・洪秀全がキリスト教に目覚めたのは『勧世良言』というキリスト教のパンフレットを読んだのがきっかけだったという。このことは当時の中国にはすでに少なくない数の宣教師たちが入り込み、組織的な布教活動が行われていたことを示唆している。そうであれば、この太平天国という反政府運動の陰にかれら宣教師たちがなんらかの形で関わっていたとしても不思議ではないだろう。

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実際、太平天国の指導者の一人であった洪仁玕という人物は香港に潜伏中、ロンドン伝道会のアシスタントを務めていたらしい。であれば、そのパイプを通してイギリスあるいはヨーロッパの宣教師たちと太平天国の上層部とが裏でつながっていたということも考えられる。

もちろん太平天国という「キリスト教革命運動」の裏にそのような宣教師たちの「策謀」があったということを示す資料は今のところみつかっていない。したがってこれらはたんなる憶測の域を出るものではない。

しかし、ここで注目したいのは、その後、中国人の間でキリスト教信者が急速に増えたという事実である。とりわけどういうわけか富裕層や知識層の間に、あたかもターゲットを絞ったかのようにピンポイント的に信者が増えていったことは注目に値する。それだけ宣教師たちが計画的、戦略的に布教を進めた結果とみることができるだろう。

実際、その当時、キリスト教に改宗した中国人は少なくない。

なかでも有名な人物は、辛亥革命の指導者・孫文である。十代の頃からキリスト教に傾倒していた孫文は、20歳前後に香港でアメリカ人宣教師から洗礼を受けている。もしかしたら、孫文が革命の指導者になれたのも欧米からの援助を受けやすいキリスト教徒だったからでもあろうか。

また中華民国の金庫番として栄華をきわめた浙江財閥の宋家もキリスト教徒である。一族のチャーリー宋こと宋耀如が米国に渡り、キリスト教徒になった後、中国での聖書販売権をもって帰国し、成り上がったのだという。

軍閥混戦時代の将軍たちの中にもキリスト教徒は少なくない。有名なのはクリスチャンゼネラルと呼ばれた馮玉祥だが、西安事件で名を馳せた奉天軍閥の首領・張学良も戦後のことではあるが、クリスチャンとなっている。

なかでも重要なのは蒋介石である。蒋介石もまた1928年にアメリカ人牧師からキリスト教の洗礼を受けている。 蒋介石がキリスト教徒になったという事実はきわめて象徴的だ。それは蒋介石という独裁者を戴く中華民国という国が事実上キリスト教国になったことを示している。

もっとも、共産中国の成立によってその「計画」はあと一歩というところで挫折させられてしまうわけだが‥。

もしかしたら蒋介石の受洗は宣教師たちにしてみれば、中国の本格的なキリスト教国化という目標達成を目前にした最後で最大の成果でもあったのだろうか。

いずれにせよ、これだけトントン拍子に進んできたのをみるかぎり、その裏に「中華民国のキリスト教国化」を目論むなんらかの動きがあったとしても不思議ではないだろう。というよりむしろそうでなければ不自然でさえある。

とはいえこれらもまたたんなる状況証拠にすぎない。宣教師たちが実際に「中華民国のキリスト教国化」をめざしていたことを示す決定的な証拠があるわけではないからだ。

しかし、こうしてみるかぎり、宣教師とりわけアメリカ人宣教師たちの間に「中国のキリスト教国化」という計画、もしくはそれに近いなんらかの試みがあった可能性はきわめて高いように思われる。はたして真相はどうだったのであろうか?

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