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新千歳空港での中国人による「暴動」事件に思う。「中国人よいつまでも甘えるな!」

   

 

先日発生した新千歳空港での中国人による「暴動」事件。これに対して、日本のメディアでは中国人をかばうような論調がこのところにわかに増えている。これもまた中国様の差し金なのだろうか

しかし、いずれにせよこれは逆効果だ。このような詭弁じみた弁解はかえって日本人の反発を招き、ただでさえ悪い中国人に対する印象をよけい悪化させるだけであろう。

いや、というより、そうやって中国人を甘やかすことの方がむしろ大問題である。なぜなら、そうやって甘やかすからいつまでたっても中国人自身が変わろうとしないからだ。そして中国人のイメージが悪いのは、もちろんその行状のせいであるのは間違いないが、それと同時に、そうした行状を反省し、変えようという気配がみじんも感じられないからでもある。

日本人はかつて中国人に一定期間のモラトリアムを与えた。

中国人は戦前、戦後を通して長い間、国際社会から隔絶した社会で生きてきた。だから国際社会のルールを知らないのはいたしかたない。そしてそれはもしかしたら日中戦争を戦った日本にも一端の責任があるのかもしれない、そう考えたのだ。

しかしそうはいってもいつまでもそれでは困る。そこで寛大な日本人は過去への贖罪という気持ちもあり、中国人に国際社会のルールを学ぶためのモラトリアム期間を与えることにした。それは、その期間にルールやモラルを身につけてほしい、そうして国際社会における一人前のメンバーとなってほしいという一種の親心だった。

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もちろん、それは日本人の勝手なおせっかいであり、中国人にしてみればよけいなお世話といえるものでもあったろう。そもそも「上から目線で何様のつもりだ」という反発もあるかもしれない。しかし、日本人がそのような心情のもとで、扱いの難しい中国人に対して忍耐強く接してきたのはまぎれもない事実である。

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だからこそ、日本人の多くは、中国人の振る舞いに対してこれまで少々のことには目をつぶってきたのである。それは中国人が国際社会という新しいコミュニティに不慣れなニューカマーであることに同情をよせ、その支援を通して、やがて彼らがそのルールを学び、それを身につけ、一人前の責任あるメンバーになるであろうと期待していたからだ。出来の悪い子供をやさしく導く親や教師のごとく辛抱強く見守っていたのである。

ところが、中国人はいつまでたっても国際社会の決まりを身につけようとしなかった。それどころか、「俺様が新たなルールだ!」とばかりに、逆に自分のやり方を国際社会に押し付けるような傲慢な態度を取るようにさえなった。再三そのようなことは不適切であるとやんわり諭してきたにもかかわらず、そうした行為は減らないばかりか、ますます目に余るようになってきた。

仏の顔も三度までという。そうした中国人の傲慢な態度に忍耐強い日本人も我慢の限界を超えてしまった。かくして日本人の堪忍袋の緒は見事にぶち切れてしまったのである。

「近代化途上にある」という名目で中国人に与えられたモラトリアムの時期はもはやとうにすぎている。むしろ我々は耳に痛いことを承知でいまこそ中国人に直言すべきであろう。

「あなた方の周囲にやたらとトラブルが発生したり、あなた方のイメージが悪かったりするのは他の誰かが意図的にそうしているからではない。あなたがた自身に問題があるからだ」と。

真に中国人のためを思う人であれば、今回の事件ではむしろ彼らを厳しく糾弾すべきであろう。それが中国人のためであり、それこそが本当の友情というものであるはずだ。そうしなければ中国人の国際的なイメージはそれこそ回復不能なほど地に堕ちてしまうだろう。それとも中国人はそうした境遇に堕ちてもなお「悪いのはお前だ」とうそぶき、他者に対して永遠に呪いの言葉を発し続けるつもりなのだろうか?

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