真実はプロパガンダに対抗する最良のワクチンである

左翼との論争は、新興宗教の信者とのそれと同じと心得よ

   

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左翼はなぜあれほど自らの歴史観に絶対の自信をもっているのだろうか? 客観性を重視する学問であれば、常に自らの論拠に対しても懐疑的でいなければならない。そのため真性の学者の主張ほどどこか自信がないようにもみえるものだ。だが、彼らはそうではない。

理由はそれがドグマに基づくものだからだ。宗教教義と同じ信仰の対象だからである。彼らの口調は常に断定的で、自信たっぷりだ。ときには、というより往々にして上から目線だったり、高飛車だったりもする。戦後、彼らの主張がこれほど幅広く受け入れられたのは、その自信にあふれた態度のせいである。その揺るぎない態度が傍目には説得力となって映ったのである。

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しかし、じつのところそうした揺るぎない信念は科学に不可欠な懐疑論によって徹底検証された客観的な論拠に基づくものではない。それは懐疑論や検証を拒否したところにある唯我独尊的な信仰心から生まれたものである。そこにあるのは科学を装った宗教教義に基づくえせ科学であり、その説得力もまやかしの説得力でしかない。戦後日本の社会科学はえせ科学を信奉する新興宗教に乗っ取られていたのだ。

戦後長い間、多くの日本人がそうしたまやかしの説得力に騙され続けてきた。しかし、ここに来てそのメッキがようやくはがれ始めたのは喜ばしいことである。

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 - 反日, 自虐史観