「内紛」「暴動」「事大」を繰り返す韓国史の自爆パターン

 

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こちらもどうぞ(前編)→みな日本のせいだ。韓国の歴史漫画で読み解く反日コンプレックスの構造

韓国史に何度も現れる自爆パターン

漫画で分析する韓国人の反日コンプレックスの構造、続編です。

前回は万宝山事件を題材に韓国人の心にある「悪いのは日本だ」という構造をあぶり出しました。

今回は、特定の事件ではなく韓国史のなかに繰り返し現れる共通のパターンに焦点を当ててみましょう。

韓国の歴史は簡単にいえば

政府の内紛

暴動

外国への事大(*)

外国による混乱収拾

政府の内紛

*事大=強いものにこびへつらい、頼りにすること(=告げ口外交)

この繰り返しです。

王朝交代を繰り返してきた中国とほぼ一緒ですね。違いは中国がまがりなりにも自分たちの力で混乱を収拾し、再統一を果たしてきたのに対し、韓国・朝鮮の場合は、外国への事大とその介入なしに混乱を収拾できなかったという点です。

では例の歴史漫画で、このパターンはどのように描かれているのでしょうか。

内紛から壬辰倭乱へ

まずは壬辰倭乱(秀吉の朝鮮出兵)の前史です。16世紀のはじめごろの話です。

怒り狂った王様がなにやらわめいていますね。

いきさつはとくに記すほどのものではありません。

要は王宮内で権力争いが繰り広げられ、ごたごたが続いていたというだけの話です。

作者としてはおそらく、内政が乱れていたから日本の侵略に適切に対応できなかったといいたいのでしょう。

しかし、内政が乱れていたから外国の侵略を招いてしまったのだという自省の意識はここにはみじんもありません。

とりあえずこのような状況を「内紛パターン」と名付けましょう。

壬辰倭乱については、案の定、史実を無視した李舜臣マンセーですので割愛します。

裏切り者の「告げ口」が招いた後金の侵略

壬辰倭乱の後は、またもや内紛の繰り返しです。

内紛はやがて李适の乱(イクァルの乱)という反乱を引き起こします。

しかし、反乱軍は討伐されたものの、その残党が国境を越えて、後金(女真族の国)に逃げ込みます。

しかもあろうことか、残党たちは朝鮮に攻めこむよう後金の王をそそのかします。

さあ、はやくも出てきましたね。朝鮮伝統の事大主義です。これは、「悪いのはあいつだ。やっつけてください」と力のある人に告げ口をして力を借りることです。

そういえば、いまのパク・クネ大統領もこの「告げ口外交」で世界的に有名になりましたよね。

この裏切り者による告げ口外交によって、朝鮮は外国勢力の干渉をみずから引き入れることになります。

要請を受けた後金は、その後二度にわたって朝鮮に攻め入り、国内を大きな混乱に陥れました。

これを丁卯・丙子胡乱(ていぼう・へいしこらん)といいます。

内紛から暴動(反乱)、そして外国への事大が外国の介入を招くという典型的なパターンが早くもここにみられますね。

これを「事大パターン」と名付けておきましょう。

あれ、そういえば、現代にも外国勢力を引き入れて政権を奪取した似たような人がいましたよね。たしか李承晩とか・・・・そうそう、お隣り北朝鮮にも同じく外国勢力を引き入れて政権を奪取した金日成という人がいたはずです。

こうしてみると現在の韓国、北朝鮮のいずれも、外国勢力と結託した裏切り者によってつくられた傀儡国家だということがよくわかります。

終わらない宮廷闘争と進まない近代化

さて、丁卯・丙子胡乱の後も、内政はあいかわらず混沌とした状態が続きます。

一方、そうした国内のごたごたをよそに国際情勢は大きく変化しつつありました。

西洋からキリスト教が伝来し、さらに通商を求める列強がひんぱんに訪れるようになったのです。

けれど、中華帝国を頂点とする華夷秩序にどっぷりつかった韓国は頑としてこれを受けいれません。

韓国がようやく外国に門戸を開いたのは、雲揚号事件をきっかけに日本との間で結んだ江華島条約によってでした。1876年のことです。

しかし、その後も朝鮮王宮内はあいかわらず混乱が続きます。

大院君と閔妃という二大勢力による宮廷内での争いに加え、守旧派と開化派の対立、それに列強による朝鮮支配をめぐる争いも加わり、もうなにがなんだかわからない混沌とした状況になってしまったのです。

こうした政治的混乱の中、民衆の不満が鬱積してくるときまって現れてくるのが、暴動です。

たとえば1882年に発生した壬午軍乱をみてみましょう。

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これは新式軍隊との待遇の差に腹を立てた旧式軍隊の兵士たちが起こした暴動事件です。

この暴動は、韓国政府の対外的な信用を失わせ、結果的に日本や清国をはじめとする外国勢力の韓国政府への干渉を招くことになりました。

大院君が清国によって拉致監禁されたのも、また公使館警備のための外国軍の駐兵権などを定めた(韓国側の見方によると「屈辱的」な)済物浦条約を、日本との間に結ばされたのもこの壬午軍乱がきっかけでした。

東アジアに火種を作ってきた朝鮮の事大主義

さらに1894年には東学党の乱が発生します。これも民衆の不満が爆発した大規模な暴動でした。

暴動であれば、鎮圧するなり交渉するなり、自分たちでなんとかすればよいようなものですが、どういうわけか朝鮮政府は自分たちの問題を自分たちで解決しようという気がないようです。

なにごとも保護者である清国を頼りにしてしまう属国意識が爪の先まで行き渡っていたのでしょうか、朝鮮政府は反乱軍の鎮圧を清国に依頼します。

しかし、結果はみなさんもご承知の通りです。

清国と日本との間で日清戦争が勃発することになったのです。

時系列でみるとよくわかりますが、ここでも

政府の内紛→暴動(東学党の乱)→外国への事大(清国への支援要請)→外国(清国と日本)による介入

と、きれいなパターンがみられますね。

また注目したいのは今回の東学党の乱は、いままでと違って外国の介入だけで終わらなかったことです。

外国勢力が介入するところまでは従来通りなのですが、今回はさらに日本と清国という外国勢力同士の国際紛争が生じてしまいました。

なぜそうなってしまったのでしょうか。

じつはこれは事大外交がもたらす必然的な結果です。強い国が一国だけであれば問題はないのですが、それが複数あった場合、強国同士が相争うことになってしまうのは必然だからです。

古来、朝鮮半島が東アジアの火薬庫となってきたのも、朝鮮の事大外交、告げ口外交にその原因があります。大国間のパワーバランスをいたずらに崩そうとする無責任な外交姿勢が周辺諸国の対立をあおった必然的な結果といえるでしょう。

 安重根にみる朝鮮的自爆パターン

暴動や反乱といったやけっぱちな行動は、結局自分の首をしめるだけでしかないことは常識人ならわかるはずですが、どういうわけか朝鮮人の間ではこうした自暴自棄な行動が賞賛されるようです。

その典型的な例が安重根による伊藤博文暗殺です。

安重根は日本による朝鮮併合を阻止するために伊藤を暗殺したとされています。

しかし、伊藤博文はじつは併合反対派でした。

その反対派の重鎮を殺してしまったわけですから、併合推進派が力をもつのは当然です。

つまり安重根の暗殺は、結果的に併合を早めただけだったのです。

後先考えずに暴発したあげく、かえって自分たちに不利な状況を作り出してしまったわけですから、本来ならば、非難されてしかるべきでしょう。なのにおかしなことに安重根は韓国でいまだに英雄として祭り上げられています。

このようなパターンをここでは自爆パターンと呼んでおきましょう。

世界へ雄飛した告げ口外交

さて、順番が逆になってしまいましたが、次は安重根事件の2年ほど前に起こったハーグ密使事件をとりあげます。

ハーグ密使事件というのは、韓国(大韓民国)を日本の保護下におくとする第二次日韓協約に反対する高宗ら一部の反日派が、オランダのハーグで開かれていた万国平和会議に密使を送り、韓国の国権回復を訴えようとした事件です。

密使などと言っていますが、これも要するに「告げ口外交」です。

誇るべき歴史のひとコマが告げ口外交というのも、考えてみればなんだか情けない話ですよね。

暴動こそ朝鮮が誇るべき歴史?

誇るべき歴史のひとコマといえば、次はまさにその頂点となる事件です。

3・1独立運動です。

 

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