【大東亜戦争の真実】日中衝突をもくろむ中共の謀略だった大山中尉殺害事件

中国

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大山中尉惨殺事件は、船津和平工作阻止を目的に中国共産党が引き起こしたテロである。

1937年8月9日に予定されていた船津和平工作は、盧溝橋事件後の衝突を収束させるためその後も繰り返し日本側がもちかけた和平工作のひとつである。

日本側はこの交渉で満州事変以後、北支で獲得した権益のほとんどを放棄するつもりでいた。日本側はそこまで譲歩しても紛争の拡大を防ごうとしていたのである。この条件であれば、蒋介石も必ずや停戦に合意するはずであった。

ところが、会談予定当日の8月9日、大山勇夫中尉殺害事件が発生。会談は急遽中止となってしまった。

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作家のユンチアンによると殺害を命じたのは、国民党の将軍で隠れ共産党員でもあった張自忠であったという。本当のところ、誰が日中戦争(支那事変)を望んでいたのかはここからも透けて見えてくる。

船津和平交渉(工作)
1937年(昭和12年)8月9日、船津和平交渉(工作)。盧溝橋事件の後、日本は北平(北京)・天津地域を平定したが、その時点ですぐに和平へ動き出した。支那側からも信頼されていた元外交官、実業家の船津振一郎を通して蒋介石政府に和平を働きかけた。その際、陸軍、海軍、外務省が一緒になって作りあげた案は、日本が大きく譲歩するもの...
日中戦争は誰が引き起こしたのか?

 

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