日中戦争の発端は盧溝橋事件ではない 第二次上海事変である

左翼史観によれば、日中戦争(支那事変)の発端は1937年7月7日に起こった盧溝橋事件であるとされている。だが、盧溝橋事件は現地停戦協定により解決済みの事件である。解決済みの事件を発端とするのは理屈に合わない。紛争の発端など言い出したらいくらでも過去にさかのぼれるからだ。

一方、日本軍と国民党軍との間で「正式」かつ「大規模」な戦闘が始まったのは、蒋介石軍が上海の日本人租界に突如、奇襲攻撃をしかけてきた第二次上海事変からである。「支那軍の暴戻を膺懲し、もって南京政府の反省を促す」という声明を日本政府が発表し、事実上の宣戦布告を行ったのもこの第二次上海事変を契機としたものである。したがってここは素直に第二次上海事変を日中戦争の発端とすべきであろう。

そしてもうひとつ、ここには見落としてならない重要なポイントがある。中国軍が奇襲攻撃をかけてきた上海の日本人租界が「日本領土」であったことだ。言うまでもないが、当時の租界は国際法上、外国領土とみなされていた。

自国領土に外国軍が攻撃をしかけてきたなら、反撃するのは当然だし、当然そうする権利もある。米国領土であるハワイを日本が奇襲攻撃したときも、米国はそれを「日本による米国への侵略戦争」と呼び、それに対抗して日本への宣戦布告を行った。もしそうした米国の行動が正当であるといえるのなら、日本領土であった日本租界への中国軍による奇襲攻撃である第二次上海事変は「中国による日本への侵略戦争」であるといえるだろうし、またそれをきっかけにはじまった日中戦争は「日本による正当な防衛戦争」であったといえるだろう。

左翼が日中戦争の発端を盧溝橋事件だと言い張るのは?

戦後、左翼史家が日中戦争の発端は盧溝橋事件であると声高に主張し続けてきたのは、中国側による宣戦布告なき奇襲攻撃だったことが明らかな上海事変を発端にしてしまっては「侵略に抗して立ち上がった中国」という「神話」が成り立たなくなってしまうからだ。いやそれどころか、その場合日中戦争そのものが「中国による日本への侵略戦争」であったことが白日の下にさらされてしまうからだ。

それをおそれた彼らが、発端を意図的に盧溝橋事件にまで無理矢理さかのぼらせたのである。そしてそこにおける謎の発砲事件をあえて謎のままにしておくことで、あたかもそれが日本側の挑発であったかのように印象操作をおこなったのである。戦後半世紀以上も世界中がだまされ続けた背景には、こうした左翼史家による意図的な歴史ねつ造があったのだ。

【大東亜戦争の真実】日中戦争(支那事変)は、壊滅寸前の共産党がしかけたワナだった!!

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