日本が侵略戦争をしたという前提で語る識者たち

(2018年)正月のテレビ討論番組を見ていて情けなくなった。 毎年恒例のテレビ朝日「朝まで生テレビ元旦スペシャル」のことだ。

しょせんお笑い芸人でしかないウーマン村本は仕方がないにしても、田原総一朗氏をはじめ居並ぶ識者の多くが基本的な歴史さえ知らないのはいったいどういうわけなのか? なかでも残念だったのが、田原総一朗氏の「日本は日中戦争、満州事変と侵略戦争を行った」という発言だ。

肝心の知識人がそういう間違った認識だからウーマン村本のような情弱のお花畑が生まれるのだ。国民が正しい歴史を知る機会がないから、あのようなトンでも発言が出てくるのだ。

ここで声を大にして言わせてもらうが、日本は侵略戦争などしていない。そのような見方は東京裁判がでっちあげたねつ造歴史であり、いわゆる日本悪玉論は戦勝国である連合国が敗戦国日本に押し付けたえん罪以外のなにものでもない。以下、田原氏がその例に挙げた日中戦争と満州事変を中心に事実関係をひもといていってみよう。まず日中戦争である。

盧溝橋事件を仕掛けたのは中国共産党

日中戦争の発端とされるのは盧溝橋事件である。そこにおける謎の発砲事件を機に日中戦争が始まったというのが現在の通説だ。ではその謎の発砲事件はいったい誰の仕業だったのか?

話せば長くなるので、簡単にいおう。あれは中国共産党の仕業であった。なぜそういえるのか? まず中国共産党北方局書記だった劉少奇自身がそう告白している。また毛沢東ら共産党指導部の重鎮もそれをほのめかしている。さらに長征直後で壊滅寸前にあった中国共産党がこれを機に息を吹き返したという事実がそれを裏付ける状況証拠ともなっている。

しかもこれは現地停戦協定で解決した事件である。解決済みの事件を発端とするのは理屈に合わない。紛争の発端などその気になればいくらでも過去にさかのぼれるからだ。したがってじつのところ、盧溝橋事件はそもそも日中戦争の発端ですらない。

中国国民党がはじめた上海事変

こういうと「なし崩し的に戦線を拡大させ、上海事変を引き起こしたのは日本だ!」と反論する人が必ず出てくる。しかし、盧溝橋事件後に現地停戦協定が結ばれたにもかかわらず、それを無視して、大紅門事件、廊坊事件、広安門事件、通州事件、大山事件と何度も繰り返し日本側を挑発し続けていたのは中国側である。

しかも第二次上海事変も最初に攻撃したのは残念ながら日本軍ではない。国民党である。宣戦布告もなしに日本人居留民が多く住む上海の日本租界(正確には共同租界だが、事実上の日本領土であったことに留意されたい)に国民党軍が突然砲撃を加えてきたのがこの第二次上海事変の発端だ(すなわちこれは日本に対する中国による侵略戦争であった)。

日本軍はこうした中国側による一連の条約違反と挑発行動をやめさせるため国際法の範囲内で反撃しただけである。それがなぜ日本による侵略戦争と非難されなければならないのか?

満州事変の原因となった反日テロ

こういうと、「じゃあ満州事変はどうなんだ? あれは間違いなく日本による侵略行動だろ?」と目を剥く人もいる。

しかし、満州事変の直接の原因をつくったのも中国側である。具体的には張学良政権による排日運動である。当時、満州では日本人をターゲットにした排日運動が激化していたが、その裏で糸を引いていたのはその当時満州を実質的に取り仕切っていた張学良政権だった。しかも排日運動といえば聞こえはいいが、実際には殺人や暴力をふくむ過激なもので実質的なテロ活動であった。戦後、中東での軍事行動を正当化したアメリカのひそみにならえば低強度紛争といってもよいものであった。

そもそも張学良政権というが実態は辛亥革命のどさくさにまぎれ、満州を不法占拠していた馬賊あがりの匪賊集団である。満州事変はそうした匪賊集団から満州を本来の主である満州族、それも清朝の祖ヌルハチ以来の正統な後継者である愛新覚羅氏の手に取り戻した解放戦争であり、ある意味それは辛亥革命以来、満州人やモンゴル人によって繰り返し試みられてきた満蒙独立運動の完成形といえるものでもあった。

対ソ防衛戦争でもあった満州事変

さらにいえば、満州事変はソ連の赤化政策から満州を防衛するための予防戦争でもあった。じつはその2年前にも満州は危機的な状況に陥っていた。ソ連と張学良政権との間に発生した中ソ紛争だ。一説によると当時、スターリンは北満州を奪取することも考えていたという。モンゴルを支配下に置いたあとは満州をも‥という腹づもりだったのだろう。しかもこれに呼応した中国共産党は中国南部で暴動を引き起こし、国民党を背後から牽制した。

下手をするとこの時、中国全土が赤化していた可能性もある。当時の中国はそれほど不安定な情勢だったのである。幸い、そこまではいたらなかったものの、一歩間違えばあの時、満州がソ連によって奪われてしまっていたかもしれないし、場合によっては中国全土が共産化していたかもしれないのだ。その意味で中ソ紛争はソ連による「失敗した満州事変」ともいえるものであった。

こうした不穏な状況のなか、政府とは名ばかりのやくざまがいの匪賊集団に任せていたら満州はソ連に取られてしまうーー。そうなる前に、と発動されたのが満州事変だった。あの当時、日本に残された道は満州国建国以外になかったのである。

このように先入観にとらわれず客観的にみていけば日中戦争(支那事変)も満州事変も日本による一方的な侵略戦争などとは到底いえないことがわかるはずだ。それを若干のグレーゾーンをいいことに善悪を逆転させ、日本を悪玉に仕立てたのは世紀の茶番劇というべき戦後の東京裁判である。

平和維持活動のために派遣された日本軍

ここまでいってもなお食い下がる人もいる。あの当時、日本軍が中国に軍を駐留させていたこと自体が侵略だ、などという人だ。だが、あれは義和団事件後に結ばれた辛丑条約に基づく正当な居留民保護活動である。治安維持能力を失った中国に代わり、各国が自ら自国民を守る必要に迫られてそうしたのだ。これは今でいう国連の平和維持活動と同じである。当時の中国は今のシリアやソマリア同然の失敗国家だったのだ。

さらに「放っておけばよかった。なぜかまう必要がある」という人もいるが、ここまでくるともはや無知以外の何ものでもない。国際政治は権力の空白を嫌う。権力の空白に乗じてソ連が中国全土を赤化してしまったら、日本は一体どうするつもりだったのか? 実際1929年の中ソ紛争では、その危険が極限まで高まった。万一が起こってからでは遅いのだ。

さらにまた中国の混乱は日本が清朝末に介入したのがそもそもの原因だとして非難する人もいる。たしかに辛亥革命を日本の民間人が支援したのは事実だ。しかし、ならば孫文は中国を混乱に陥れた稀代の極悪人として非難されるべきであろう。たしかに民度の低い中国に共和制などという身の丈に合わない服を着せようとしたのは混乱の一因であっただろうとは思うが‥。

中国という泥沼に引きずり込まれた日本

あるいは日露戦争が清末の混乱の原因だとでもいうのだろうか?ならば日本はどうすればよかったのか? 満州、朝鮮半島が侵略されるのをただ傍観していればよかったのか? 次に侵略されるのは日本だったわけだが? そもそも明らかな侵略者であるロシアを非難せず、日本ばかりを責めるのはなぜなのか?

これは先の中ソ紛争に関してもそうである。1929年の中ソ紛争はまさしく日本による満州事変のひな形であった。そこにあったのは、満州事変同様、中国による権利侵害にキレたソ連が武力攻撃に踏み切ったという構図である。そしてこの中ソ紛争におけるソ連の行動も満州事変がそうであったように不戦条約違反の疑いの濃いものであった。しかし、日本の左翼は中ソ紛争時のソ連の行動には見ざる言わざるを決め込む一方で、満州事変における日本の行動だけを鬼の首でも取ったかのように非難する。これは一体どういうわけなのか?

くどいようだがもうひとつ、どうしても言っておきたいことがある。ある国の戦闘行為を侵略戦争というためには、前提として被侵略国が主権を持つ統一国家である必要がある。侵略戦争と呼ぶからには、当然ながら侵略される対象が存在しなければならないからだ。その点、当時の中国が主権を持つ統一国家であったかどうかはきわめて疑わしい。

そのことを承知の上であろう、左翼系の歴史学者は1928年の北伐完了後、中国は蒋介石の国民党政府のもとに統一され、軍閥割拠時代に終止符を打ったと誇らしげに記している。しかし、それは本当なのだろうか? 統一されたはずなのにその2年後には中原大戦が勃発し、閻錫山、馮玉祥、李宗仁ら旧軍閥が蒋介石に反旗を翻しているのだが‥。1930年には江西省によっていた共産党が中華ソビエト共和国を樹立しているのだが‥。1940年には日本の後押しのもと、汪兆銘を首班とする南京国民政府が樹立され、蒋介石の重慶政府と対立しているのだが‥。

また日本敗退直後、再び内戦が始まったのはどうしてなのか? 完全に統一された国家だったのであれば通常そのようなことは起こりえないだろう。にもかかわらずそうなってしまったのは、当時の中国の実態が真の統一国家というにはほど遠かったからではないのか?

当時の中国は今のシリア同然の失敗国家だった

当時の中国は、今でいえばシリアやかつてのソマリア、アフガニスタンのような崩壊国家であった。日本はそんな混沌とした中国で、民衆を虐げる軍閥や狂信的なテロリストグループと戦っただけである。少なくともあの当時、中国大陸には誰もが正統とみなせる主権をもつ政府はどこにも存在しなかった。だからこそ当時の日本はあの戦争を「支那事変」(日華事変)と命名したのだ。断じて「日中戦争」などではない。したがってあの戦争を侵略戦争と呼ぶのはあまりに一方的な見方であり、不当な濡れ衣というべきである。

ちなみに日本がなぜ軍隊を出さなければならなかったのか、といえば、すべては国際政治力学のなせるわざである。先ほどもふれたが「権力は空白を嫌う」という国際政治の大原則である。もっといえば、当時の国際連盟には平和維持のための多国籍軍を出す力がなかったからである。そのため地理的に一番近い日本が必然的にそれを肩代わりせざるを得なかっただけである。もちろん中国が混乱して一番困るのが日本だったという事情もあったことはいうまでもないが‥。

そうした平和維持軍としての活動を粛々と遂行していた日本が、これまた複雑な国際政治を背景に中国の軍閥と結託した英米ソによって「侵略者」の汚名を着せられたというのがことの真相である。犯罪者のアジトを取り調べしていた有能な警察官が、その有能さゆえ他の警察官からねたまれ、泥棒に仕立て上げられてしまったようなものである。

こうしてみれば、あの戦争が日本による侵略戦争であったなどというのは明らかな誤解であり、真っ赤な嘘であることがわかるだろう。にもかかわらず、左翼の日本批判はすべて「日本が侵略戦争を行った」という間違った前提の上に組み立てられている。この前提を崩さない限り、ウーマン村本のような的外れな現状認識が出てくることはこれからも避けられないだろう。

最後にもう一度言う。日本は侵略戦争などしていない!

追記

太平洋戦争について

そうそう太平洋戦争を忘れていた。ここまで書けば太平洋戦争などいわずもがなと思っていたからだが、念のため書いておこう。

まず太平洋戦争のきっかけは真珠湾攻撃とされている。だが、これもいうまでもないが、なにもある日、日本がトチ狂って突然、攻撃をしたわけではない。当然、そこへ至る流れというものがある。

これも話せば長くなるので簡単にいおう。次の通りだ。

1、アメリカは英国から第二次世界大戦への参戦を要請されていた。

2、しかしアメリカ大統領ルーズベルトは、選挙公約で戦争はしないといって当選した以上、自ら戦争をしかけるわけにはいかない。そこで日本を挑発し、日本から戦争をしかけられた、という形にしたかった。

3、その後、アメリカはどういう大義のつもりなのか、太平洋の反対側まで出張ってきて日本の中国政策にいちゃもんをつけはじめた。理由は「日本が中国を侵略している」である。しかし、それは上述したように濡れ衣もいいところであった。しかもアメリカの言い分によれば、日本は満州事変以来、中国への侵略戦争を行っていたというのだが、その満州事変が起こっても10年近くの間、アメリカは日本に対しなにもいわなかった。なのに、突然そう言い出したのである。

4、支那事変の後、アメリカは英国などとともに蒋介石政権を支援していた。香港やビルマを経由してその拠点である重慶へ援助物資を届けていたのである。これは国際法違反であり、あきらかに日本への敵対行為であり、事実上の戦争行為であった。

5、重慶への援助ルートを断つため、日本は国際法にのっとり、インドシナへ進駐した。これを「日本による東南アジアへの侵略」として非難する向きもあるが、これまたまったくの濡れ衣である。もしそうするなら少なくとも時系列をきちんと確認してからそうしてほしい。これについてはこの後にもう少し詳しく説明する。

6、これに対し、自らのフィリピンへの侵略や支那事変における敵対行為を棚に上げ、「日本は東南アジアを侵略している」としてアメリカは日本に対し、石油や鉄くずの禁輸措置をとった。

7、資源のない日本にとって石油と鉄くずは不可欠な戦略物資であった。困った日本はアメリカと粘り強く交渉をつづけたが、もともと日本を戦争に引きずり込もうという魂胆である。アメリカは日本にハルノートという最後通告をつきつけた。それは飢えて死ねというに等しい無理筋の要求であり、日本としては到底のめるものではなかった。仮にアメリカが同じようなものを他国に突きつけられて「はいそうですか」と引き下がるような要求ではなかったし、アメリカだけでなく他のどのような国であっても、およそ独立国であればのめるものではなかった。そのため開戦やむなしとなった。

また石油や鉄くずの輸入を止められたら、どうなるか? 備蓄の少ない日本にしてみれば時間がたてばたつほど弱体化することは目に見えている。そこでもはや一刻の猶予もならないとして、真珠湾攻撃へと踏み切ったのである。

日本が「ある日突然トチ狂った説」の荒唐無稽

以上、駆け足で説明したが、簡単にいえば太平洋戦争のいきさつは上述の通りである。これをみてもわかるように、これのいったいどこが日本による対米侵略戦争といえるのか? どこが東南アジアへの侵略戦争といえるのか? ここにあるのはアメリカによる日本への一方的な圧力であり、執拗な挑発である。退路を断たれた日本は、自存自衛のためやむなく反撃せざるをえなかっただけである。

また当時、東南アジアはタイをのぞき、どこも独立国ではなく、欧米(連合国)の植民地であった。つまり、日本はその宗主国である連合国を攻撃したとはいえてもインドネシアやフィリピン、ビルマなど「東南アジアの人々」を攻撃したとはいえないはずである。ましてや東南アジアの国々を侵略したなどとは到底いえないだろう。なにせその東南アジアの「国々」なるものが存在していなかったのだから‥。

真珠湾攻撃を持ち出し、最初に手を出したのは日本だ、だから侵略戦争を始めたのは日本だ、という人もいるが、それは詭弁である。何度もいうように日本はある日突然、トチ狂ったわけではない。そこへいたるまでにはそれなりの流れがあるのだ。そうした流れを一切無視し、都合よく時系列を切り取った上、日本だけを悪者にするのは不公平である。仮に日本が戦争に勝っていたなら同じ理屈でアメリカを対日侵略国に仕立てることなど、なおさら容易であることを忘れてはならないだろう。

また日本が以前からアメリカと戦争をしたかったかのようにいう人もいるが、日本が石油や鉄くずという自らの生存にとって必須の戦略物資をーしかもその8割をーアメリカから輸入していたという事実を知れば、それがいかに荒唐無稽なものであるかがわかるだろう。

資源のない日本が、なぜその供給を全面的に頼っているアメリカをわざわざ怒らせなければならないのか? 

半世紀たっても重要資源の8割を米国に依存していた無能な「侵略国家」日本

そもそも日本は資源を求めて中国や東南アジアに侵略したというが、これは時系列を無視したまったくのでたらめである。

日清戦争の頃から、「資源を求めて中国大陸を侵略していた」というのであれば、それから半世紀近くたつのに、アメリカから重要資源の8割を輸入していたというのはいったいどういうことなのか?

「侵略国家」であるならば、なぜさっさと朝鮮や中国から資源を確保し、油断も隙も無い敵対国家であるアメリカになど頼らなくてもよい体制にしておかなかったのか? 日本が侵略国家だったという人は、このあたりの矛盾をどう説明するのだろうか?

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ちなみに日本が北部仏印へ「侵略」したのは、援蒋ルートの遮断が目的であったし、南部仏印進駐は、アメリカが鉄くずなどの禁輸措置を発動した後である。資源を確保するためやむをえずそうしたのだ。

このあたりを子細にみていけばわかるが、日本が資源を全面的に自らに頼っていることを十分承知しているアメリカは制裁措置を小出しにしながら、まるで猫がねずみをいたぶるように日本を戦争へと追い込んでいたのである。

こうしてみれば、太平洋戦争もまた日本による対米・対東南アジアの侵略戦争だなどとは到底いえないことがわかるであろう。

詭弁と火病の民 論理的な議論ができない韓国人 あの戦争を引き起こしたのはアメリカです。アメリカ人として日本人に謝罪します。

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